離脱はもったいない!『もしもこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろう』8話までを解体する
『もしもこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろう』とは
2025年10月クールフジ水曜ドラマ『もしこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろう』は、脚本家・三谷幸喜氏のオリジナル作品です。
本作は、1984年の渋谷を舞台にした青春群像劇。
主演は菅田将暉さん。共演・二階堂ふみさん、神木隆之介さん、浜辺美波さんなど豪華なキャストが勢揃いし、放送前から話題となっていました。
タイトルが長いので『もしがく』と略されることも多いようです。
わたくし「魚と占」は三谷幸喜氏の大・大・大ファンなんです。
民放ドラマは『合言葉は勇気』(フジ)以来25年ぶりとのことで、
『もしがく』の放送をとっても楽しみにしていました!

SNSやネットニュースでは「つまらない」「視聴率爆死」「キャストの無駄遣い」などネガティブな意見が多かったけど……一体どうして?

「つまらない」と思わせてしまった1話が本当にもったいない
ネットニュースやコメントでは「1984年の渋谷舞台が視聴者に響かなかった」「小劇場やシェイクスピアに興味が湧かない」という声もありました。
たしかに一理あるかもしれませんが……。
「つまらない」とネガティブに捉えられてしまった最大の要因は第一話の構成にある考えます。
(連続ドラマは1話がもっとも重要だと再認識しました……)
『もしがく』では“限定的な場所(舞台)”での“群像劇”という、
三谷氏が得意とする設定が整っています。
本来であれば……“面白くないわけがない”んです。

『もしがく』は渋谷という“限定的な場所(舞台)”で、そこに集まる若者たちの“群像劇”を描いています。
現在も高く評価されている『王様のレストラン』、『合言葉は勇気』 (共にフジ)が
『もしがく』のフォーマットに類似する三谷氏脚本のドラマ作品と言えるでしょう。
第一話は、おおげさに言うと『登場人物が登場しただけの回』になってしまっています。
『主人公・久部(菅田将暉)が劇団を飛び出してストリップ劇場(WS劇場)にやってくる』
1話での主人公の動線が、ただそれだけになってしまっているのです。
つまり、話の大筋=視聴者はこのストーリーの何を見ていくのか?を
きちんとセットアップできてない印象を与えてしまっているのです。
例えば1話のラストで、
『久部がWS劇場で働くことを決意する』
『WS劇場を演劇舞台として建て直す』
などといったところまで話が転がっていれば、
視聴者的には“そういう話なのね”と
この物語をどういう目線で見ていけばいいのかがわかりやすかったと思います。
2話以降も話の展開がスロー気味な気がするんだよね……。
浜辺美波さんが本格的に絡んでくるのも3話以降。
個人的には「小池栄子さんはいつ戻ってくるんだろう?」
というモチベで見てるんだけど……もう戻ってこなさそうだよね(笑)

「このシーンだけでも価値がある」8話の感想
11月19日に放送された第8話では、
「このシーンを見るために、この作品を見続けてきたのかもしれない」
と思うような芝居場がありました。
※ここからはネタバレを含みます。
リカ(二階堂ふみ)の元情夫であるトロ(生田斗真)はWS劇場に乗り込み、
「歌舞伎町に売り飛ばす(もしくは120万円用意しろ)」とリカに告げます。
状況を知った久部は、トロと直接対峙するもナイフで脅され歯が立たない。
だが樹里(浜辺美波)に頼まれ、久部は再びトロと対峙する。
そのシーンです。
久部はリカの部屋で見つけた拳銃をトロに突きつけます。
決死の覚悟を持って。
しかしトロは「それ偽物だろ」と一切怯むそぶりを見せない。
と、そこに蓬莱(神木隆之介)が現れ、その拳銃ががおもちゃだと久部は聞かされる。
『!?』
手に持っているのはおもちゃ。銃口を向けているのはカタギではない男……
偽物だと知られれば自分の命はないかもしれない。
主人公の絶体絶命のピンチ!果たして久部はどう切り抜けるのか!?
……そんな固唾を飲むようなハラハラする場面。
『本物の銃だと思い込んでいる久部』、『おもちゃの銃だと知って焦りまくる久部』
どちらも菅田将暉さんの演技が素晴らしかったですし、
このシーンだけでも、この物語を見続けてよかったと思いました。
そしてこの“勘違い”を使ったギミックは三谷さんがよく使う手法ですが、
やはり格別です。
(こういうのをトップスピードで1話から見ていきたかったなあ)

次週、物語は最終章に進みます。
9話の解体はまた別の話。